ジタバタOLのすべて

人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

やっぱり転勤したことは後悔していない話。そして大切な友人への祝辞。

仲良しの友人の結婚式に参列してきました。

こんばんは、ジタバタOLです。

 

どの友人かはコチラの記事参照。

jitabataol.hatenablog.com

 

 

このブログ上では、仮にローラと呼ぶことにします。

 理由はグレーとピンクが似合う女性で「マリー・ローランサン」のイメージが湧いたから。

マリー・ローランサンみたいなオラオラ系ではちっともないけど。

 

そういえば、この記事でも彼女のことを書いている。

jitabataol.hatenablog.com

 

かいつまんで説明すると、

・高校からの友人

・奇遇なことに私の転勤していたA県はローラママの実家がある。

・高校の時はおたがい誕生日プレゼントをおくりあっていた

・昔からローラママが美しくて、私はローラママのファン。


 

 

もともとローラとは仲良くしていて、大学卒業後もちょくちょく遊んでいたのだが

ローラのおばあさまがA県在住であることは、私はすっかり忘れていた。

 

というか、A県というもの自体が割とマイナーな県なので、

いざ転勤になるタイミングでローラにあったときに、

ローラが「うちのママもA県出身だよ!」と改めて教えてもらって

そうだったっけか、くらいなもんであった。(ごめん。)

 

しかしながら、その細い縁(縁っていうほどでもない)をたどって

A県にある彼女のご親戚(叔父さま叔母さま)の営むお店に行き、

「あ、あの、あなたの姪の学友のバタ子と申します。」という

かなり遠い自己紹介をして(誰だよ状態)、かなり良くして頂いた。

 

ちなみに一番彼女に近いご親戚である叔母さまには中々会うことができず

(私が訪れた日は別店舗に出勤している、など)

なぜか「あ、ローラちゃんの友達の!」とローラの従弟くんに覚えられるなどしていた。

 

2年半の転勤で、最後の来店をした際にとうとう叔母さまに会え

「あの2年間、名前だけ知ってたローラちゃんのお友達の!」みたいになり

「せっかくだからローラママがA県に来てるから、おばあちゃんちも寄ってみなさい」と言っていただき、

なぜかローラの祖父母家にローラがいないのに訪れるという中々図太いことをした。

 

ローラママにもローラグランマにも優しく受け入れていただき

ローラママに「あら久しぶりね、バタ子ちゃん。」なんて言われながら

お茶をごちそうになったのだった。

 

(ローラママって響きがバーバパパみたいだな。)

 

しかもあの日はめちゃくちゃ暑い日だったので、かなり露出狂ワンピースを着てたし

足なんかペタンコサンダルで汚かったのに上がった。小汚かったなー私。

 

そんなわけで、ちょっと珍しい「友人のご親族とお互いを認識しあってる」状態になった。

 

ローラの親族の皆さまとごあいさつしたことをきっかけに、

東京に帰ってからもローラと遊ぶ時は「A県にいる〇〇くんがね、、」など

ご親族のお話を聞くことも増え「A県」をきっかけに話せる話題が増えたのはとてもうれしいことだった。

 

東京の一人暮らしの拙宅に遊びに来てもらったときは、ご親戚のお店で購入した品を披露したり←

高校時代、ローラから誕生日に頂いたマグカップでお茶を飲んだりした。

 

 

 

そんなローラの結婚式であった。

友人たちに愛されているローラなので、すべての友人たちがこの日を待ち望んでいた。誰もが彼女に幸せになってほしいと心の底から願っている。

 

友人代表のスピーチは非常にグっとくるものがあり、

誰もが激しく首肯してしまう素晴らしいものだった。

 

やっぱりローラはとってもきれいだった。

思った通り綺麗だった。

 

旦那さんとの軌跡も長年聞かせてもらっていたので、感動もひとしおだった。

挙式から泣けた。

 

本当によかったねって心から思える結婚式っていいなと改めて思った。

 

 

挙式が終わり、披露宴の受付に向かうとウェルカムボードの近くに

19世紀くらいのクラシックカーの置物が鎮座していた。

 

それは学生時代、私が彼女の誕生日にプレゼントしたものだった。

 

当時、映画・オペラ座の怪人がはやっていて、2人でいいよねと言いあっていた。

なんとなく映画にでてきそうだなと思って、彼女にプレゼントした安物の置物である。

ちなみにオブジェであり実用性は全くない。

 

まだとっといてくれたのか、そしてまさかのここで使われるとは!

正直、驚いた。

まったく役に立たないプレゼントだったのに、こんな晴れの舞台があるとは思ってもみなかった。

私にしかわからないメッセージ。

 

披露宴ではローラママが「A県を愛してくれて、ありがとう」と声をかけてくださった。

 

A県のことをより愛せたのはローラやローラママ、ご親戚の皆様のおかげである。

 

久々に再会したローラの叔母さまやおばあさまともお話ができて、

よくローラから近況は聞いているけど会うのは17年ぶり?のローラ妹ちゃんと

一緒にお話をしてお写真を撮らせてもらって。

 

嬉しそうで誇らしげなローラパパとお話をして。

 

本当に、ローラが幸せになってよかった。

そして転勤先がA県でよかった。

A県じゃなかったら、ローラやローラのご親族の皆さんとこんなふうにはなれなかった。

 

もし6年前に戻ったとして、転勤するかしないか選べるとしたら

この未来を知ってしまったら益々「転勤する」しか選べないなと思った。

 

転勤して、すごくしんどかった。

若さと時間を仕事に費やして、恋愛も友人と遊ぶことも、大好きな美術館めぐりもできなかった。

泣きながら仕事した。

 

でもやっぱり行ってよかった。

お金に換算できない豊かさを私は手に入れた。

 

こんなふうに幸せにしてくれたローラにつくづく感謝するとともに

心から幸せになってほしい。

 

もしかしたら、不幸せな気持ちになったり憂鬱な試練に見舞われたりするかもしれないけど

その時はいつだって手を差し伸べられる私でありたい。

 

 

心からおめでとう。

神様の御恵みがゆたかに、とこしえにありますように。