ジタバタOLのすべて

人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

※ネタバレあり※ ジョーカー 感想・考察

ジョーカーを見てきたので、ネタバレありの感想を書いていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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傑作って巷で言われてますが、傑作でした。

もう一度見たいな、と思った。

 

元来非常に怖がりの私で、やっぱり殺人シーンは目をつむらざるを得なかったので

見たといえるのか微妙なところですが、それにしても非常に良い映画でした。

私は映画に詳しくないので、どの映画の何を引用しているかとかはわからないんですけど、印象に残ったシーンをいくつか。

 

 

①母親を殺した後の美しい後ろ姿

大事に世話をしていた母親に「裏切られていた」ことを知ったアーサーが

母親を殺してしまうんですけど、その時の描写がまず非常に良くて

殺してるアーサーの顔のアップなんですよね。

 

どんな感情をのせて殺しているのか。

衝動的な殺人ではなく、殺意を持った殺人。

 

ちゃんと枕を母親の顔に押し付けて、声が出ないように工夫をする

理知的な対応。

 

殺した後の後ろ姿がねー、とても綺麗なんですよ。

この映画のなかで最も綺麗な画だなと思いました。

 

水色の画面の中で、母を殺した後の後ろ姿のアーサー。

彼が殺したのは「憎むべき母」であると同時に

「自己投影した母」でもあり、ある意味この場面が

「よき息子アーサー」である自分との決別のシーンなんだなと思いました。

 

何だろう、母殺しによって自分を蘇生させたというか。

あれは殺人ではなくて、アーサーにとっての儀式めいたものを感じました。

 

多かれ少なかれ、私たちは大人になると

「万能感」にあふれていた親が

ただの人間であることに気づく日が来て

それでも親であるからこそ、愛情と義務感のもとに

子どもの時と違った関係性を続けていくけれど

親が「果たして自分の味方だったのだろうか」という疑義が生じたときに

今まで親に対してしてきたことを「誇り」に思っていた気持ちの裏にあった

「本当はしたくない」「本当は義務感で仕方なくやっている」みたいな

言ってはいけない本音」みたいなのがオセロみたいにひっくり返って出てきちゃうのかなと。

 

事実、母の裏切りを知る前のアーサーは妄想の中でコメディーショウに出て

「母の世話をしているんです。」と笑顔で話し

ロバート・デ・ニーロ扮する司会者から「素晴らしいね」と褒めたたえられる。

 

そういう息子であることが彼にとって「世間的にあらまほしく」

「自分にとってもヒーロー的な」一面であったことに違いない。

 

ところが、母は自分が信じていたような母ではなかった。

 

母ですら、自分のことを愛していなかった。

 

その絶望。義務感からの解放。

 

アーサーが他者に蔑ろにされてきた自分を見つめなおし

「Objective」(主観的)に生きるための禊。

 

悲惨な話なんだけど、ここに人間賛歌を感じました。

 

ソーシャルワーカーへの悪態

ソーシャルワーカーとのカウンセリングをうけているアーサー。

アーサーがカウンセリング中に「君は僕の話を一度も聞いてない」という。

 

この言葉に首肯するメンヘラはたくさんいるんじゃないかなぁと思いますw

 

ソーシャルワーカーのほうもメンヘラとばかりしゃべるから辛いんだけど

メンヘラ目線でみると実際「寄り添われてる」というよりは

「ベルトコンベアに乗ったメンヘラ」みたいな気持ちになることのほうが多い。

 

特に医者と話している場合。

 

自分の気持ちや障害や状況の受け皿がないから通っているのに

受け皿にはならない、社会保障制度。

 

薬ばかり増えて、終わりの見えないトンネル。

果たして犯罪を犯したのはジョーカーもといアーサーなのか?

 

良い土壌の上に蒔かれた種だったら、アーサーは

子どもたちを笑わせるクラウンとして生きて行けたはずだったのではないか?

 

誰が、彼をジョーカーに仕立て上げたのか。

猟奇的殺人や心理病理は、個人の問題なのだろうか。

こうしたイレギュラーを引き起こした張本人は資本主義なのではないか?

資本主義は勝ち組にだけ、勝てるようにできているのではないのか。

 

③貧困と自己肯定感

非正規社員の男性は婚活市場で無価値、という記事を目にすることがある。
(ちなみに女性の場合は、若くないと無価値、らしい。世知辛い。)

 

でも女性の貧困より男性の貧困のほうが、自己肯定感を抉りやすいなと思う。

 

女性は非正規であっても、若かったり可愛かったりすることで

「なんとかなる」ことが可能性としてありうる。

少なくとも、男性に困るかというところでいうと、困りづらいと思う。

(男性が女性を「女性」というだけで価値を置く人がいたりするから。

 私も「目をつぶってたらバタ子とヤレる」とか言われたことあるな。

 今考えると大変なセクハラだし、全員去勢しておけばよかった。)

 

男性の場合は、お金がないことは社会的な死を意味する。

お金がないと友達もいないし何より性的にまったく見向きもされないのである。

哀しいかな。

 

貧困と犯罪は非常に強い結びつきがあるけれど、

猟奇的殺人事件の犯人に男性が多い(ように思う。統計とってないけど)のは

男性のほうが「孤独」であり「パワー(腕力)」があり「攻撃性」が強いからなのではないかと思う。

 

孤独にしておくと、たいていの人間は狂う。

孤独はまさに蠱毒。身体に廻って死に至らしめる毒だと思う。

 

④ステップと階段

この映画はいたるところに、階段の描写がでてくる。

予告にも出ている、ジョーカーが軽快なステップをふむ階段もそうだが

本編の最初から長い長い上りの階段がでてくる。

 

猫背のアーサーがその階段を昇っていく。

昇りきったところで何があるというわけでもないのに。

 

人生の重みと苦しみを描写しているかのごとくである。

 

また、地下鉄での初めての殺人シーン。

殺人を犯したアーサーが地下鉄の階段を駆け上がる。

このときはまだ「アーサー」である感じがする。

 

突発的にジョーカーとして行動してしまった(殺害)自分に恐れ

走り出してしまった、一般人に見える。

 

が、走り切って公衆トイレ?に入ったあとのアーサーは

ゆっくりと踊りだす。

 

ここがね、もうとっても怖いw

 

ケタケタ笑ってたほうが「おおおおお。。。サイコパス」って感じするんだけど

ゆっくりね味わうように踊るんですよw

 

なんだあれw

 

怖い。

 

もう表情すらよくわからない。

ゆーっくり踊るの。怖いよー!!!

 

 

同僚に裏切られて職場の階段を下りて外に出るとき。

Dont Forget SmileのForgetを黒く塗りつぶすアーサー。

暗い階段をおりて、明るい外の世界に出ていく。

 

そして、母親のカルテを奪って逃げるとき。

ここも病院の非常階段?を駆け下りる。

 

 

なんだろ、こうして振り返ってみると階段を上ったり下りたりしてるときは

人間味がでているのである。

 

夕方の仕事終わりの「哀愁」

地下鉄で殺しをしてしまった後の「焦り」

同僚や職場への「イラつき」

盗んだカルテを持って逃げるときの「興奮」

 

アーサーの人間としての機微がその階段の使い方にでている。

 

よくジョーカーは「純粋悪」とか「何を考えてるかわからない」と言われるが

非常に生々しく人間として描かれていると思う。

 

だから、最後、ジョーカーになってからのステップ。

あの階段のステップも、アーサーとしての自分賛歌のステップなのだと思う。

 

軽妙洒脱。

すべてがジョーク。

悲劇は喜劇。

 

なら楽しんでやろうじゃないか。

決意表明のような軽やかなステップ。

 

自分を貶めてきたすべてのものへの反逆。

俺が法律だと言わんばかりの勝利のステップ。

 

でもあれはジョーカーの「狂気」ではなく

アーサーの「意志」なのだと思う。

 

こ、こえー!!!!!

 

⑤カメラワーク

アーサーのアップがやたらめったら多い映画である。

アーサーは、病気であるという設定もあるんだろうが、

喜怒哀楽をすべて笑い倒す。

 

そして、瞳がとっても真面目で話が通ずる人のソレなのである。

ダークナイトのジョーカーも何が怖いって

「何を考えてるかちっともわからないけど、まじめなことはよくわかる瞳」だと思う。

 

頭のネジふっとんじゃったからこうなんだよーん!じゃなくて

 

「大真面目に生きてますが何か?」という風情。

 

それをねーアップでよくよく切り取っている。

俳優ってすごいね。

 

あとカメラワークの角度ね。

正面からだったり真上からだったり

いろんな角度でジョーカーをとらえる。

それによって目に影がさして、表情が読み取れなかったりする。

だから余計怖い!!!!!!

 

表情がしっかり写ってても怖いし

写ってなくても怖い。

 

⑥オープニングとエンディング

喜劇調なんだよね。

「ねぇ、笑えよw」って言われてる感じ。

 

笑えよ、お前ら、こういう世界なのを知ってて見ないふりしてるだろ。

面白いだろ。

弱者をあざ笑うのって最高のエンターテイメントだもんな。

 

笑えよ。

 

素晴らしい終わり方だろ、これこそ大団円のThe Endだろ?

 

みたいな!!!!!

 

非常に和やかな挑発を受けて始まり、終わる。

 

いろんな人が書いてるけど、本当に他人事ではないエピソードがちりばめられていて

 

・富裕層による貧困層への無理解と政策

・暴徒化する民衆とヒーローになる悪者

・切られる社会保障

・介護の抑鬱とやるせなさ(愛だけでは解決できない)

・一人の人間の孤独

・無理解・無受容の果ての殺人

 

でも最終的にこれらひっくるめて「笑えよ、さぁ笑えよ!!」という

ジョーカーの笑顔。

 

日和見主義で生きている私たちに見たくないものを見せつける傑作。

そして、ジョーカーは私なのかもしれないと思わせる手法。

 

誰よりも人を笑わせたかったアーサーが手にした最後の勝利。

阿鼻叫喚こそ最高のコメディー。

 

もう一度見たいです。

 

バタ子でした。