ジタバタOLのすべて

人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

秋めくアタシと流し目のおねえさん

ライン川沿いを踏む羊の群れのような雲が空を彩っている。

秋が来たのだ。

 

車窓から眺めていたアタシはそんなことを思った。

 

シャネルのショコラレッドのリップ、

オデット エ オディールのショートブーツ、

ざっくりニットのトップス。

 

8月末から顔を出していた秋物よりも、こうして空を見たほうが季節を感じる。

やっぱり、人間もなんだかんだ動物なんだな。

 

今年は残暑が長くて、9月は台風もたくさんきたから、

秋色をまとっても何処か秋の実感がなかったのだ。

なんなら、9月に入ってからかき氷を食べた。

清少納言だったら「わろし」というだろうか。

 

規則的に表れる電柱に区切られて、羊の群れがゆっくりとどまっているのか、流れているのか、高い空を悠々自適に浮かんでいる。そう、こういう時に秋を感じるのだ。

 

由比ヶ浜で筋肉披露に勤しんでいた男友達のinstagramがなりを潜めて

飲み会のビールがなんとなくのどごしが変わったような気がして

じわりじわり秋はやってくるのに、いつの間にかそばにいる。

それでいて、去るときは一瞬で、聖人たちが復活したあとには

オレンジの風が流れていって、街には紅い緞帳がおりる。

 

浮足立つ気持ちや街に、心をなぜられて謎の焦燥感におわれて

仕事の毎年恒例の焦燥に草臥れて、そうやって今年が終わっていく。

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電車がトンネルにもぐりこんで、羊たちがどこに行くのか見届けられずに

私は目的地に着く。

 

吐き出された、私と私の周りにいた人たち。

袖触れ合うも他生の縁、なら何百もの縁が今年もあったのだろう。

どの縁も結ばれることもなく、吐き出される終着駅。

 

改札をでた人々の後ろ姿から、その人の物語を想像するのが好きだ。

なんて、背中は雄大に語るのだろう。

 

傘の持ち方

歩幅

腕の振り方

髪留めの位置

バッグ

 

たくさんの情報が「その人」を発信している。

改札を出た後のクラッシュはどちらかというと、鰯の群れかな。

同じような方向に、うねる群れ。

駅の色みがグレーだから、全体的に無彩色のモザイクのようだ。

 

 

駅の大型窓の外には広告がひしめき合って、主張している。

のどかな羊なんて、見えやしない。

 

車内でもひっきりなしに囲まれいていた広告は、

改札前のヴィジョンになってついてきて、

外に出れば、目だけじゃなくて耳からも入る大量の不要な情報の渦。

 

 

夏は気にならなかったのはなんでだろう。

日傘のせいか?

太陽光にやられて、下ばかり見ていたのか。

 

太陽はさんさんと降り注ぐけど、

この街にはアキアカネも飛ばなければ

キンモクセイの香りもしなくて。

 

きっと、街に降り立つと、というかこの街に住むというのは

動物であることをやめることなんだと思う。

無彩色の道と無彩色な建物と

色とりどりだからこそ、遠目にはグレーに埋もれる広告たちに囲まれて

ベルトコンベアの上をすべるかの如く

職場への道をわき目も降らずに流れるロボット。

 

アキアカネの優雅の飛び方を知っている人が、この街にはいったい何人いるんだろう。

 

こんなことを考えさせるから、やっぱり秋は偉大だなと思う。

夏はこんなふうに思わせない。どちらかというと思考と感傷を奪う。

干からびるほどの光と熱と脳みそを飽和させる湿度。

 

呼んでもいないのに、前頭葉には知らない間にバーが開店していて

ベージュのストッキングをはいたおねえさんがひとりごちてる。

飲んでるのはワインなのかジンなのか。

 

ピンクの石化鶏頭が似合いそうな幸薄のおねえさん。

おねえさんが私に語り掛ける。

 

「今年もあと3ヶ月ね。」

 

事実をただ述べているだけなのに、

流し目のおねえさんの唇から零れ落ちるから

もの哀しげな響きをまとう。

 

芋栗南瓜!とはしゃぐ女子高生とか来てくれたらよかったのに。

 

おねえさんは何も言わないのだけど、

何も言わないからこそ、アタシの嫌な想像力が

おねえさんの言葉を上の句に下の句を紡いでしまう。

 

 

「あと3ヶ月で、新しい年が始まる。

 何も新しくない私を連れて。」

 

今年得たもの、失ったもの、

変わったこと、変えたこと、

変わらないこと、変えられなかったこと、

 

1月が年始と決まっているから?

それとも春が新学期だから?

過ごしやすい季節になった秋を同じ気持ちで迎えられず感傷に浸るのは

深まる色と高くなった空のせいなんだろうか。

 

流し目のおねえさんは、私が40代になっても60代になっても、くるのかしら。

 

 

 

 

 

 

年齢を重ねるごとに加速する時の中で、

冷える指先からもあふれだす、秋めくアタシ。

 

 

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バタ子でした。おやすみなさい。