ジタバタOLのすべて

人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

カーネーションは好きじゃないけど。

母の日なので、お花屋さんというお花屋さんでカーネーション売ってましたね。

 

日比谷花壇は、雑誌JJに宣伝をうったという、

アイスコーヒー的ドリンクカップカーネーションを1本、ストローのように挿したギフトをたくさん置いてました。

 

今の人は花瓶なんて持ってないのかなぁ。

 

あ、どうもジタバタOLです。

 

マイグレートマザーは「カーネーション嫌いなのよね」と

私が子供のころに既に宣言してくれていたので

ほとんどカーネーションを買ったことはなく

(あ、サントリーがムーンダスト開発したときは買った。)

 

生け花を習い始めてからは、母の日が終わったとたんに

やたらお稽古花にでてくるカーネーションに、もののあわれを感じ

なんだかんだあんまり好きになれない花。

 

それがカーネーション

 

でも今日、ふと思ってしまった。

 

もし私に子供がいたら、カーネーションもらってたのだろうか、今頃。

 

転勤先は田舎だったから、同い年で子どもが3人いる人もいて

東京に帰ってからだって、友達によっては物心ついた子供がいて

保育園では折り紙でカーネーションを折って

ママありがとう、って渡してるのかもしれない。

 

(あ、今の保育園は親がシングルってことに配慮して

 母の日も父の日もそういうことしないのかな。)

 

 

私、これからの人生で、カーネーション貰える日くるんでしょうか。

 

母の日をこんな気持ちで迎える日が来るなんて思ってもみなかったな。

GWに実家に帰って、つくづく子供って親の思い通りにならないんだなと

(まぁつまり自分なんですけど。)思って、別に子供がいたからって

家族円満かはまた別の話だし、子供と仲良くなれるかなんてわからないし

そんなこと言ったら思い通りにならないことばっかりの人生なんだけど

 

あーほんとうに、お母さんになれないのかもしれないなと思ったら

泣けてくるなぁ、と思いました。

 

もともと子供嫌いで、でも将来の夢はお母さんになることで

子供嫌いを克服するために教育学科にはいって

実習にいって、子供の尊さを知って

子供が好きだといえる自分を手に入れて

 

それは決して無駄ではなかったけれど。

沢山の友達のこどもたちをかわいいと思える自分になれて

本当に良かったと思っているけど。

 

私の子宮は、生理の苦しみばっかりで

これから閉経までずっとそれが続いて

 

すべての臓器が生きるために機能しているのに

子宮だけが生産性がなく終わってしまうのかもしれない。

 

と思ったら、本当につらい。

 

養子をとる財力もないし、

子供がいることがイコール幸せじゃないとは思うけど

(実際、母親業は本当に大変だと思う。)

 

私の夢は祖母みたいなおばあちゃんになって、孫とケーキ食べることなのに!!!

 

それくらいしか夢ないのに。

 

 

今日も婚活で、お食事をしてきたけど

もうつくづく、つくづくね、、、相手に興味を持ってもらっても

私が相手に興味を持てないことが続いていて

理想が高いとか、色々ご意見はあるでしょうが

からしてみたら、子供産むなら

それ相応に納得感のある遺伝子持ってる人じゃないと嫌だし

家族の共同経営者として役に立たないだろうなという人には

まったく興味を持てない。

 

去年、離婚経験者に

「ふつう、結婚するときは外見と中身っていう判断軸があって

 そのどちらかで妥協して結婚するのに、バタ子の場合は

 さらに判断軸としてセックスまで追加するから、もう無理。

 バタ子のフレミングの法則は、マジ無理。」

 

と言われて、大いに笑ったけど

 

妥協できないんだよなー。

 

妥協して結婚して生まれた子供を愛せる気がしない。

 

嫌悪か憎悪してしまいそう。

 

そう思うと妥協できない。

 

妥協しないで子どものいない人生と

妥協して子どものいる人生、

どちらもブルーもしくはブルーって感じするね。

 

どういう選択肢をとっても、これが私の生きる道って

胸張って幸せを宣言できるようになるのは難しいなぁ。

 

たぶん生理前だからこんなに落ち込んでるんだろうし

こんなこと考えてもせんないことだから

目の前のことに感謝して

希望をもって

前向きに生きるしかないのだけれど。

 

全然好きじゃないけど、カーネーションがほしい。