ジタバタOLのすべて

人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

常にマイナスをゼロに近づけているイメージでいること。

今日はホロホロした気持ちなのでもう一個投稿しちゃお、

こんばんはジタバタOLです。(本日、二度目まして。)

 

できないことをできるようになる過程は嬉しいし楽しいと気づいたんですが

その一方で劣等感が強いばっかりに、なにかを獲得しても

自分のBeforeAfterではなく、他人との比較により自己肯定感を得にくい。

 

子どもが嫌いだから、あえて教育実習に行って子どもを好きになったり

音楽ができないから、吹奏楽部に入ってみたり

英語部の中で最もストイックな英語ディベートをやることを決めたり

喘息で走ると吐くくせに、陸上部に入ってみたり

メンタル弱子なのにベンチャーに入社してみたり。

 

 

とにかくできないことはできるようになりたいから挑戦はする。

挑戦した結果「ものになった」ものと「挫折で終わってしまったもの」とがあって

いずれも無駄ではないものの、結果の良し悪しは別にして

私は「獲得した。嬉しい。」という経験値に対しての喜びはあるものの

「人並みに近づけたかしら。」としか思えず

常にマイナスをゼロに寄せてる気持ちでしかいられない。

 

私はこんなにも努力して獲得して、人より素晴らしい立ち位置にいる!

なんて思えたことは一度もなくて

 

もっと努力して才能があって成功している人がたくさんいる中で

タイムは悪いけど走りきったから偉い、くらいのマラソンビギナーみたいな気持ち。

 

そもそも「走ろうと決めた自分が偉い」とはさらさら思えない。

 

自分がそれをやること自体のハードルが低いからかな。

「挑戦、我が人生」みたいな感じだからだろうか。

 

結局挑戦した結果はだいたい無様なものなので

周りの人には大いなる迷惑をかけているのだけど。

 

なんでこんなに自信がないのかなーと思う。

挫折に光をあてがちで、成功体験と思えないんだよな。

 

ひねくれてるのかな。

考え方が不幸な感じもするな。

 

だから、自信にあふれた仕事できない人を見ると

殺意を覚えるんだろうか。

 

私も他人から見たら、そう見えるのかもしれないけど。

 

人を嫌ったり自分を責めたりするのはつかれるから

なるべくForgiveしたいんだけど

不幸でい続けることのがラクで蜜の味がするからか

中々このループから抜け出せない。

 

休職したこともよかったし

精神科に通ったことも実りがあったし

バージョンアップは常にされてるんだけど

そもそものOSがWindows95で、全体的なアップデートをしてない気持ち。

 

豆腐メンタルはずっと変わらず豆腐メンタルで

豆腐から高野豆腐にはなれないし

なんならずっと絹豆腐だし

木綿豆腐にすらなれないし

 

もうにがりを加えちゃったから、絹豆腐以外の何物にもなれない。

 

絹豆腐として生きていくしかないし

絹豆腐には絹豆腐のいいところがあるんだけど

ジャガイモとか人参とかタマネギみたいなものに憧れてる。

冷蔵庫のスタメンかつ日持ちする子たち。

 

それか冷暗所においといても芽をだしちゃうニンニクとか。

 

もうすぐくさるよ?絹豆腐。

 

そもそも豆が腐って出来てるし。

 

マイナス(腐り豆)をにがり(人生の艱難辛苦)でといて

できた絹豆腐が私です。

 

(よく言いすぎかしら。)

 

麻婆豆腐にすると美味しいけど、煮崩れ必至。

煮崩れてても美味しいよと言ってもらいたいし

自分で自分に言ってあげたい。

 

マイナス→ゼロじゃなくて

そもそも「マイナスだと認識してゼロに近づけようと思ったこと」に

ナイスファイトと言ってあげたい。

 

人にはできるんだけどなぁ。

自分にはできない。

 

ありのままで素晴らしいと、思いたいのだけど。