ジタバタOLのすべて

東京育ち婚期を転勤でフイにする。人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

毒を出し切ったら生産的になれる。

昨日、花を生け直すことが自分の慰めになる話を書いたんですけど

jitabataol.hatenablog.com

 

この自分いたわる期間にたくさんの励ましをもらって

「弱いときは人を癒やす言葉のストックができるものだな。」と思いました。

 

 

jitabataol.hatenablog.com

 

で、やっぱりね、出し切って排毒し切るというのは

すごく大事なことだと知った。

 

排毒しきると、栄養が心に入りやすい!

 

やっぱり毒が回った心だと、どんなに栄養を入れても

毒が溢れてるから注げども注げども、栄養が入っていかない。

 

 

あ、挨拶遅れました、ジタバタOLです。

 

本当に自然の摂理と心や社会は似てるものだなーとしみじみします。

 

かつて持病の主治医が、

 

「何かが良くなるときは一度はちゃめちゃに壊れる。

 そしてものすごく回復してきれいになる。

 社会もそうだ、混乱を極めると戦争が起き、破茶滅茶になって情勢が安定する。」

 

といっていて

「細胞レベルや病理で起きることと社会で起きること相似形であること」が

すごく印象に残った。

 

去年一昨年のブログをよみかえすだに、私の闇っぷり(病みっぷり)は

中々味わい深いものになっていて、

ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと

辛い苦しいどうしたらいいかわからない!の低空飛行を続けた結果

もうカラダが健康的な生活ができないくらい無理になって

ある意味、破茶滅茶になった。

 

でもこのようなmental sufferingは初めてではなかったし

心療内科も過去10年の中で通算4度目のことだったので

1度目の精神科受診は「社会的落伍者」の烙印を押されたような気持ちだったけど

2度目の受診は「不本意ながらの受診、でも致し方なし」となり

3度目の受診は「起き上がれなくなる前に受診しなくては」と思え

4度目の受診は「もうそのような診断がいっそ出てほしい」と思った。

 

それぞれ、22歳、25歳、29歳、30歳。

 

正直、29歳の受診のときも、半分は「もう壊れてるといってくれ」と思ってたんだけど

あまりに理路整然と状況説明をするもんだから「うつ病ではない」と診断されてしまい

本当に働けなくなるまで病んでから、休む、という結論に至った。

 

 

とにかく毒と膿がたまっていたこの2年は

(29歳~31歳。病んでる間に年までくった。)

もっと早くこうなる前にどうにかしたいのに、できずに自分が崩壊していき

それを完全な崩壊ではないから未病とされてしまい

破茶滅茶になるところまで壊れた。

 

壊れていく中を自分で制御できず、ガタガタと壊れていった。

ジェンガみたいだな。

 

だんだん抜いて、それを上に積み上げていくことでバランスがどんどんとりづらくなって壊れそうで壊れない、

そして壊れるときはすべてのジェンガがガラガラと崩れる。

 

 

崩れたことで休むしかなくなり、

休むことで、ある意味ホッとしたし

これ以上ストレッサーを加えられない環境に逃げられることは

すごくありがたいことだと思った。

 

逃げた結果、金はビュンビュン飛んで、貯金は底をつきそうだけど

ものすごく回復して、また自分の弱いときは自分を見つめることができ

人のありがたみをしり、私の人生にとって実りあるmental sufferingとなった。

 

どんどん不調をきたすカラダと心が

また自分の繊細さを自分に突きつけるようなしんどさがあり

自分を責め、誰よりも自分が自分の敵となり

悲しみに打ちひしがれた。

 

休むことになったとき、不安もあったけど

「あなたの体と心の発するアラートは相当ですよ。」と

たくさんのひとに(医者・カウンセラー・マッサージ師・友人等)に

異口同音に言われて、やっと自分を責めることを止めることができた。

 

あと他人を責めていたことにも気づけた。

自分が他人に求める水準が限りなく高いことも。

そして自分が自然にできると思っていることは、どうやら他人にとっては難しいことも。

別に自分が優秀だっていうわけじゃなくて、

神経質で細かいんだと言うことに気づけたのは素晴らしい発見だった。

 

私の人生を灰色に染めているのは誰よりも私だった。

 

子どもの頃の写真を見返す機会があったが、そのときに

「気難しそう。こまっしゃくれている。不健康そう。神経質そう。」

な表情・子どもであることを知って

三つ子の魂百まで。。。!と思ったし

 

そのような気質で生まれてきても順応したり

変えたりすることはできるんだということを通算3度の受診やら経験でわかっていたので

4度目の受診と休む期間を前向きに捉えることができた。

 

わからないけど、きっと私は変われる。

 

という自信。

 

きっと何かが変われるはずと思えること。

変われなくても、「気づく」という一歩前進には進めること。

 

疲れと心の毒を出し切ったら、

 さぁどうしようか、と冷静にストレッサー(仕事や他人)と自分を

見つめ直すことができ、思考が生産的になった。

 

「どうしようどうしよう、こんなできの悪い奴で。

 繊細な自分も許せない。あいつはいつも幸せそうだ、憎い。

 そのしわ寄せを誰が食らってると思うんだ。殺してやりたい。

 でも自分だってそんなに大したやつじゃない。

 苦しい。苦しい。苦しい。」

 

極端に言うとこんな感じだったのが、カウンセラーの導きのもと

 

「私はどうやらそんな考え方をしているらしい。

 この考え方は自分も他人も幸せにしない。

 こうしてみたらラクだろうか。」

 

と自分を変える怖さを感じながらも

恐れつつ一歩踏み出すことができた。

 

 

本当に休んで良かったと思う。

 

辛い人、病んでる人、周りに病んでる人がいて自分が何もできず苦しんでる人、

赦せない怒りと憎しみに溺れている人、

そんな人たちに「私達は変われる。そして未来は明るい。」と言いたい。

 

深淵を覗き込む時、深淵もまた私を覗き込んだ。

 

折れた枝から芽吹く自然の梢のように

枯れ木のように沈黙している紫陽花が春になると

綺麗な新芽をブーケのように伸ばすように

 

病んでる人の可能性は無限で、これから花も咲き実もなるのだと言いたい。

 

でもこの言葉も、毒を出しきらないとよくは浸透しないと思うから

まずは自分の力が及ばないことについては悩まずに

神に祈りたいと思います。

 

私が大好きで尊敬する彼女に、明るい未来が訪れ

その生命を輝かせられる日がきますように。

御国をきたらせたまえ。

 

外野から言われてもムカつくだろうけど、

この辛さは永遠じゃないよ。

そう信じて。