ジタバタOLのすべて

人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

忘れえぬひと

手荒れしないように、ビニール手袋をしたのに、

食器すすぐ瞬間に、手袋の中に水を入れてしまった。

 

こんばんは、ジタバタOLです。

 

ほんと、こういうふうに生きてんだよな~まじで、、、と思いました。

バタ子の名前から逃れられる日は来るんだろうか。遠い目。

 

 

軽い持病がありまして、10年ほど前に教育入院をしたんですけど

その時の主治医が、まぁ面白い人でして

もう診察は常に治療方針や患部の話ではなく、人生指南。

 

人気な先生(しかもその診療科目ではわりと偉いし有名)なので

診察はいつも1時間2時間は待つわけだが

私の診察時間も、人生指南のため1時間から1時間半。

 

最初会ったときは、嫌な先生だなと思っていて

教育入院したときも、半ばモルモット感覚で検査されることになり

(やってもやらなくても私の状況がよくなるわけではない)

その検査の同意書を書くときに「なぜこんなことに?」と思ったら

涙がでてきて、実際検査をしてくれる別の先生に

「そんなに治りたいと思ってないのに、こんなことされたくない。」と

同意書にサインしてしまったのに、場を凍らせることを言い

「それは嫌だったね。」と言われつつも、検査はされた。

 

そこで何かが弾けてしまって、

 

 

「私は教育入院なんてしたくなかった。

 社長から治療してこいと半ば強制されて、後に引けなくなったから

 10万も払いたくないお金を払って、入院したんだ。

 その上、やりたくもない検査もすることになった。

 治るか治らないかわからない病気のために

 治療に専念する気も毛頭なかったんだ。

 

 最初の診察のときだって、普通は患部しか見ないのに

 全部脱がされて、弓道をやれとか謎なことを言われて

 薬だけ出してくれりゃいいのに、本当に嫌な医者だと思った。

 

 こんな目にあって本当につらい。」

 

と、胸の内を全部暴露した。

 

先生には衝撃だったようだ。

その時、どんな反応をされたかちっとも覚えてないが、

 

「治りたくない患者もいる」ということが、とても印象的だったらしく

その後、通院するたびに

「君には学ばされた。そういう患者もいるとは思いもよらなかった。」

としみじみ言われた。

 

「そうかよ、この無知な医者め。」と思っていた。

恨み骨髄。

 

その後も、通院のたびに人生指南があり、それに反駁しては

小一時間の診察となり、その日の午前中はまるまる潰れた。

 

うじゃくじゃ煩い先生だなと思いつつも、

診察に通うようになったことで、当時は多少治療にも前向きになり

前向きになると持ち前の知的好奇心がムズムズと湧き出て

人生指南の合間合間に病理についての質問をせっせとして

知的欲求を満たすことが楽しくなっていった。

 

最初は嫌いだったが「わからないことはわからない」といい

解明されていることについては「ここまでは解明されている。」と

エビデンスありきで論理的に説明してくれるので

途中から好きになり、検査の恨みは忘れないが

おもろい先生やな、と思うようになった。

 

先生は先生で、私のことを気に入ってくれたらしく

「余ってる僕の論文が載ってる医学雑誌あげよう。英語だけど。」とか

「今度、学会で君とパネルディスカッションをしてみるのもおもしろい。」とか

なんかいろいろと声をかけてくれた。

 

学会はちなみに、実現しなかった。

 

その後、私は治療を強制した社長のいる会社をやめ、転職し

平日に通院ができなくなり、また実家を出たことで病院が遠くなり

先生に会うことはなくなった。

 

それから約10年の月日が経った。

 

父もその先生にかかるときが時々あるようで、

去年診察に父が行ったときに、先生と私の話になったらしく

(なんでだよ。治療の話しろよ。)

 

「娘さんはまだ結婚してないの?

 結婚したほうが、あの子はいいよ。持病にもいい。

 え?今度お父さん、娘さんと会うの?

 それはよしたほうがいいよ。

 お父さんなんかに会ってる場合じゃなくて、

 娘さんは男の子とデートしたほうがいいよ。

 

 そのあたりも私がよく言ってあげるから

 一度診察に来るように娘さんに言いなさい。」

 

父に会うのはだめで、先生と会うのはいいんだろうか。

先生と会う暇も男の子に会ったほうがいいのでは?

先生の論によると、そうなるのでは??

 

とか思いつつ、

 

未だに「治療したくない宣言した衝撃的患者」なんだなー

覚えててもらえるのは嬉しいなぁ、私も久しぶりに会いたいな、と思った。

 

で、その話を聞いて半年たった今日、診察に行ってきた。

 

10年ぶりの来院なので、問診票を書かされた。

6時半に起きて、8時半の受付時間に間に合うように家を出て

駅から徒歩25分の病院までの道を歩き

とった受付番号は7番だった。

 

先に書いたとおり、先生の診察は1人につき1時間かかるのである。

私のような患者の場合。。

 

 

7時間、まではいかなくても、相当待ちそうである。

と思いきや、サクサク順番が回ってきて診療開始時間30分後に呼ばれた。

 

顔見知りの外来の看護師さんは今もご健在で、

私の顔を見て、お互いなんとなく「お久しぶりです」と

アイコンタクトした。

 

診察室のドアを開け、先生と10年ぶりの邂逅をした。

 

ニコニコしていた。

もうとっても嬉しそうだった。

 

「どうしてたかと思ってたんだよ!」

 

私が10年間のいきさつを話しはじめ

「転職して、営業をやって、その後、地方のA県に転勤になって。。」と言ったら

 

「A県!いいところじゃない。

 空気もいいし、湿度も高い。

 君にはそっちの環境のほうがいいよ。

 あと、仕事も農業がいい。」

 

と、また人生指南が始まり

弓道の次は農業かよ。」と思いながら

私が聞きたいことや見てほしい患部を見ることなく

30分が過ぎ、

とうとうおじいちゃんくらい年配の院長と思しき先生が

診察室にひょっこり現れ

「早く終わらせろや。」と圧をかけ始めた。

 

が、先生は「あ、こんにちは。」とおじいちゃん先生に挨拶をして

また話を再開する。

 

顔見知りの看護師さんが、紙カルテの束を意味なく

デスクの上で揃え始め

「こんなに患者が待ってますよ。」とアピールしている。

 

しかし、先生はお構いなしである。

農業が何故向いているか、結婚を勧める理由、自分の父親のこと。

 

何しに来たんだろう、私。

 

とうとう1時間近くたった。

おじいちゃん先生は、近くの椅子で寝ている。

 

私が「先生、私聞きたいことと、診てほしいところがあるんですけど。。」

 

やっと本題を切り出せたのに先生は

「時間がないからあんまり話せないけど。」とのたまう。

 

時間がなくなったのは先生のせいである。

 

診てもらうために、服を脱ぎ、下着だけになろうとしたら

看護師さんが慌てて、カーテンをかけてくれた。

 

おじいちゃん先生は寝てたくせに、私が下着姿になったときは起きていた。

目が合った。このジジイ!

 

「診察と処方」は5分で終わり、

先生は最後に「僕に娘がいたらどんなだったろうなぁ。」といった。

 

「嫌われてると思いますよ。

 でも先生、大抵のお父さんは娘から嫌われていますから。」

 

捨て台詞を吐いて、診察室を出た。

 

開かずの間が開いた瞬間に、待合室から

なんとも言えぬ嘆息が漏れた。

 

受付の医療事務さんに「今日あとどれくらい待つかしら。。」と

聞いているおばあちゃんがいる。

 

おばあちゃん、ごめんよ、6人までは30分で進んでたのに。

私になった途端に1時間もとって。

 

 

帰りのバスの車内、10年前も私はいつもとんでもなく長く診察してもらっていたことを

ほんのり思い出した。

そういえば「お前の診察は長くなるから土曜の午後来い。本当は休診だけど診てやるから。」と言われたこともあったな。

 

診察が長くなるのは、私のせいとばかりも言えないこともあるが、

10年前、ぽそっと先生の弟子の若手先生に

「あんなに1時間も喋ってて大丈夫かな。。」と吐露したところ

 

「患者さんは待つってわかってても、あの先生に通ってるから

 バタ子さんはそれは気にしなくていい。」

 

といってくれたので、「それもそうだ。」と思い

今日も一瞬感じた罪悪感をすっかり忘れ

あたたかい気持ちで帰路についた。

 

 

そういえば、最近ミサに通ってる教会も

パワハラ社長が経営していた前職の近くだし、

 

この先生もパワハラ社長のおかげで主治医になったんだった。

 

当時は、早くこの社長の葬式で顔を見てやりたい、と思っていたが

人生万事塞翁が馬。

 

何がどう転ぶかわからないものである。

 

マイグレートマザーに報告したところ

 

「貴女が優秀なdoctorの、忘れ得ぬ佳人で嬉しいわ。」

 

とメールが来た。佳人!

 

住人とよみ間違えたぜ。

マイグレートマザーの語彙力に毎度舌を巻く。

 

私から診察に行かないと、先生は私に会えない。

出会った瞬間のニコニコからして、とっても会いたかったんだと思う。

 

今度は10年待たずにもう少し短期間で会いに行ってあげようかしら。