ジタバタOLのすべて

東京育ち婚期を転勤でフイにする。人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

カイロスの前髪

米騒動から一夜明け、今日はお米をちゃんと炊けました。

 

こんにちは、ジタバタOLことバタ子です。

 

jitabataol.hatenablog.com

 

もう本当に私の人生は

うんこ(恥と失敗)を肥やしにして草生やす(笑いを取る)人生なんですけれども

糞って「米が異なる」って書くじゃんねと思って

何かが私に降臨したような気持ちですw

 

汚い話ですみません。

 

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高校の時、ネイティブスピーカーの英語の授業がありまして

先生がまぁまぁ高齢の女性でM先生という方であった。

 

 

M先生は、実は日本語ペラペラなのだが、生徒の前では一切日本語をしゃべらず

❝Speaking is Not Okyou!❞

と生徒に常にお経みたいに英語話すんじゃねぇぞと言う先生だった。

No Japanese pleaseみたいな雰囲気があった。

 

笑うと可愛いけどめったに笑わなかった。

そんなM先生と帰りの電車が一緒になったことがあった。

 

なぜだか忘れてしまったが、私はM先生に声をかけ

先生は授業とはうってかわってニコニコして話しかけてきた。

 

もちろん英語で。

 

電車で隣の席に座り、しゃべるものの私の英語力は平均中の平均。

そう得意でもなかったので、ついていくのに必死。

 

その時、ホームステイの受け入れをしていたイタリア人留学生と一緒にいたが

その留学生も英語は得意ではない。

 

なんかのタイミングで、先生が It's good opportunity! といった。

 

おぽちゅにてぃー、、おぽちゅにてぃーってなんだっけ?

 

思わず、口をついて「オポチュニティーってなんだっけ?」と言ってしまった。

 

すると先生はChance! とすぐに言い換えてくれた。

 

やっぱり日本語わかってるじゃんよ、なんで授業じゃないのに英語縛りなんだよぅ。。

と思いつつ、わからずにいると教えてくれる先生がとても印象に残った。

 

眉根を寄せて、授業でキビキビしている先生ではなく、

その時の先生は少女のようであった。

 

時が経ち、社会人になってから、また先生を電車で見つけた。

また声をかけた。

昔あなたの生徒でした、と自己紹介をした。

 

先生は私の母校ではもう教鞭をとっていなかったが、

大変喜んでくださって、とにかくたくさん喋った。

 

もちろん、英語で。

 

断っておくが私のTOEICは625点である。(当時)

 

しかもTOEICは英語力ではなく、なんとなく過去完了形の選択肢だからコレだな、

とか意味がわからなくても正解をマークできたりするもんだから

私の英語力は本当にたかが知れてるのである。

 

でも話しかけたかったのだ。

あのときの少女のような笑顔がとても素敵だった。

 

 

案の定、何を言ってるかさっぱりわからなかった。

というか、何を話したかもう覚えてもいない。

もう日本に来てとっても長いんだと言う話をしていた気がする。

 

なんなら英語力がなさすぎるせいで、自分が降りる駅じゃないのに

先生の降りる駅で降りた。

 

先生が徒歩で家に帰る道を10分以上一緒に歩いてしまった。

最後に先生と握手をして別れた。

 

私は英語力がないばかりに、自分の降りる駅は次なんだと言えず

知らん駅で10分以上歩いてしまった自分をちょっと恨んだ。

 

とっぷり暮れた夜の住宅街を駅に向かって歩いたのを覚えている。

 

その後、先生には一度も会えずにいる。

 

同じ沿線を使っていても会えなくなるものだな、と思う。

もしかしたら、もう母国に帰国しているのかもしれない。

 

もう二度と会うことはないだろうと思うけれど、

もしまたM先生を見かけることがあったら

きっと私はためらわずに声を掛けると思う。

英語で。

英語できないのに。

 

だってそれが先生が教えてくれたOpportunityだから。