ジタバタOLのすべて

人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

フォックスフェイスと私。

新年あけましておめでとうございます。

 

こんなかたちで2019年が始まるなんて思ってもいなかったけど

年はあけてしまうわけなんです。

 

31歳になっていた。

このブログを始めたときは27歳だったと思うんだけどな。

 

早いぜ、まったく。

 

2018年に獲得したもの、失ったもの。

たくさんある気がするけど、何も思い出せない。

 

ここ最近、自己理解が足りてないということに気づきつつある。

 

カラダでいうと、

年末、鍼師さんに「やばいです。どうしたの?」といわれたけど

どうもこうも割とラクに過ごしてるはずで、何も思い当たらない。

そしたら、鍼師さんに「もうずっと辛すぎて無自覚なんですね。」と言われた。

 

ココロでいうと、

もう仕事が辛くて行けなくなってしまった。

でも何が辛いのかよくわからない。

毎日イライラはしてるけど、みんな同じように大変なのに

どうして私は耐えられないのか。

環境は恵まれてるはずだ。

「こんな弱いメンタルで!周りはもっと強いのに。」と虚弱体質を恨む。

 

でも人の手を借りて棚卸ししていくと

精一杯背伸びをしているし

周りの人より数百倍感受性が豊かで(よく言えばw)

摂取する情報量が多く

先々のリスクまで常に考え

バカ丁寧に仕事を進め

積極的に「誰のものでもない仕事」を拾い

自分を後回しにしていることに気づいた。

 

そうすべきだと思ってやってるんだけど

それが美学なのか、自分プロパーの仕事から逃げるための手段なのか

もはやわからないけど、

そうやって頑張ったところで「ありがとう」とお礼はいわれても

「次は私がやりますね。」と言ってもらえない辛さ。

 

不器用でいい人でバカなんだと思う。

誰かに抱きしめてもらって、号泣したいくらい辛いのに

「これは私が好きでやってるんだから」と大人ぶって

本当は理不尽だと思っている自分を押し殺す。

 

ココロの中で血をダラダラ流してるのに

そんなことも気づかず笑って「大丈夫です!」と言ってしまうタイプ。

 

自分の辛いのサインは全部無視。

むしろ心身からのサインは全部全部、自分が弱いせい。

弱い自分を許さないと決めた父性が

こどもの自分を閉じ込める。

 

そんな歪が決壊して、本当に壊れてしまった。

一度壊れると、もう元には戻らないのに。

壊れる前と全く同じにはなれないのに。

 

花を活ける時、枝に力を加えて曲げることを「ためる」と言う。

ため加減を間違えると、枝が折れる。

折れた枝は接着テープを使ってもとに戻ったように見せることはできるけど

折れたことは不可逆で戻せない。

 

そんなことを自分に当てはめて考えている。

転勤してたときのほうが、辛いことがあっても

泣いたり発散したりしてたかもしれない。

今は東京にいる甘えがあるのか、泣いてない。

 

辛いときに泣いたり、慰めたり、

2018年はもっと自分を労ってあげたらよかった。

もっと大事にしてあげたらよかった。

 

 

自分のことを全然わかってないんだなぁ。

 

全然話は変わるけど、最近人から「オレンジが似合うと思います」と言われた。

そんなジャイアンみたいな服着ないけどな、と思って無視してたんだけど

眼鏡屋さんでもパーソナルカラーはオータムかサマーと言われ

メイクレッスンでもオレンジベースのメイクをされたので

どうやらオレンジ系の色味が肌なじみが良いらしい。

 

 

自分では、自分のパーソナルカラーはウィンターだと思っていて、

黒とかクッキリした濃いピンクとかハッキリした色が似合うと信じていた。

 

だからペールカラーとかビタミンカラーなんて着たことがなかったんだけど

調べてみたら加齢とともにパーソナルカラーが変わることもあるそうで

似合う色味が変わったようだ。(まだ自分では違和感あるけど。)

 

顔色がくすんだってこと!?とショックを受けつつも

たしかに最近黒トップスを着るとくすむ感じがするw

昔似合ってたはずなんだけどな。

 

そういえばオレンジとかキャメルのコート着てたら褒められてたな、なんて思い出して

30過ぎて自分の似合う色さえよくわかってなかったんだなぁと

というか、自分の変化に気づいてないんだなぁとしみじみしてしまった。

 

去年の2月くらいに「花が枯れるとき、声もなく枯れるからずるい。」と書いた。

 

毎日注意深く見てたら気づくくらいの小さな小さな変化で枯れていく花を

気づけなかった自分を思ってそんなことを書いたんだけど

その花はどうやら私だった。

 

ヒロイックに聞こえるかもしれないけど

わからなかった。辛いこと気づかなかった。

気づいてたけど無視してた。

 

「これが辛かったんだ、苦しかったんだ」を数えるのは

非生産的だからしてはいけないと思ってたけど

南キャンの山ちゃんみたいに全部ノートに書き留めて吐き出すほうが

よっぽど健康的だし破壊と想像になったんじゃないかな。

 

自分・ふしぎ発見!!

 

 

メイクレッスンのあと、両目ものもらいになったけど

(どうやらメイク用品が合わなかったらしい。)

行ってよかったなと思う。

美的とかMAQUIAのおすすめ商品はパーソナライズされてないから

基礎化粧品含め、その人にあう・あわないはプロに聞いたほうが確かだと思った。

ものもらいにはなったけど、似合う色はわかった!

お金出す価値あったなと思う。

 

あと、メイクレッスン後すぐに使用した化粧品買わなくてよかった。

香水とかもそうだけど、馴染むかって時間かかんないとわからんもんね。

 

そんなわけでオータムカラーの模様です。(たぶん。)

いずれにしても青みではなくて、黄みの人らしい。

 

 

そして、私は細かくてセンシティブで感受性が強い。

そんな自分を許せなかったけど、もう受け入れることにする。

 

弱さを責めるんじゃなくて

強くなろうとするんじゃなくて

弱さを抱えて一緒に生きていこうと思う。

 

すぐクヨクヨすることも

改札口でチャージしそびれで止まった人を殺したくなる性格の悪さも

人を赦せないことも

 

そういう自分を赦すことにする。

 

去年の漢字は「赦」だった。

人のことを赦したかった。

他罰的な自分を変えたかった。

前向きに考えられるように、切り替え上手になりたかった。

 

無理して赦そうと努力した結果、自分が壊れた。

 

もう赦すのはやめる。

ムカつくことはムカつくし

殺したいやつは殺したいままでいい。

考えても仕方ないなんて意見は知らない。

赦せないじぶんも「にんげんだもの、みつを。」でいいことにする。

 

カウンセラーに「感じることは止められないし、感じているバタ子さんもバタ子さんなんですよ。」と言われた。

 

一貫性を持った人徳のある仙人みたいな人になりたかった。

今もちょっとなりたい。

 

でも感じることは止められない。

感じ方はもしかしたら変えられるかもしれない。

でも今感じてることや瞬発力で起きた感情の反応は変えられない。

それを赦すことにする。

 

思ってた形と真逆だけど、2018年終わってみて赦すに到達した気持ち。

パラドックスのようなオチがついてしまったけど。

 

 

 

・・・・

 

秋の花というと、フォックスフェイスがぱっと浮かぶ。

名前の通り、キツネの顔に似た形の黄色い実がなる植物。

 

私はフォックスフェイスでした。

狐のように人にも自分にも嘘をつく、秋(オータム)の花。

 

どピンクの紅梅だと思ってたんだけどなー。

もしくは芍薬のピンク。

 

今年の漢字ひともじは今日帰るときにふっと浮かんだ、

「心」にします。

 

心のおもむくままに。

頭じゃなくて心に正直に。

素直に。

 

今年もよろしくおねがいします。

 

矢野顕子の「ひとりぼっちはやめた」を聞きながら、

2019年1月6日、バタ子より愛を込めて。