ジタバタOLのすべて

東京生まれヒップホップ育ちのはずが、なぜか今地方に住まう独身OLがジタバタしながら喜怒哀楽を垂れ流すブログ。

かわいいとは「愛せる(可愛い)」ということである。

新年あけましておめでとうございます。

本年もジタバタOL、もといバタ子と「ジタバタOLのすべて」を

どうぞよろしくお願いいたします。

 

新年1発目、なに書こうかなぁ、と思っていたら

もう松の内が終わっていました。

新成人のみなさまにおかれましては、おめでとうございます。

 

新成人でこのブログを読んでいる方はいなさそうですが。

 

今年の始まりはあんまり冴えませんでした。

なんというかばたばたと12月が過ぎ去ってしまって、

その疲れが全面に出たというか、肌の調子も良くないし

年末に予定を詰め込んだこともありぐだぐだとしてしまい。

 

ここ数年、今年一年の漢字を決めるようにしてるんですけど

良い漢字も思いつかなくてもやもやーと始まった酉年でした。

コケコッコーっていいたいんだけど、ココケ、、くらいで止まってしまったような。

 

 

年始から仕事は相変わらずバタバタしていて日常を取り戻し

お正月の殊勝な気持ちはどこへやら。

 

どうしたもんかなぁと思っていたのですが、

今日ベッドでぼんやりしていたら降ってきたので決めました。

 

今年一年の漢字は「愛」にします。

 

神前式の結婚式って何度か出たことあるんですけど、

(去年も招待いただきました。)

 

あの牧師さんが言う

 

「病めるときも健やかなるときも 彼を愛しますか?」

 

ていう誓いの言葉が正直重たすぎて

 

毎度聞くたびに「いやーそんな愛は残念ながら持ち合わせていない。」

 

と自分の罪を告白するような気持ちになっていたんですよね。

 

よくみんなさっさと「はい」って言えるなと。

 

まぁ躊躇する人は結婚なんかしないのかもしれないけど、

あの言葉の意味をよくよく考えてほしい。

めちゃくちゃ重たいからね。

 

結婚っていうのは相手が例えば半死状態になろうが

下半身不随でもう二度とセックスできなかろうが

自分が養わないといけない立場になろうが

愛しぬく!!!!

 

ていう誓いですからね。

 

私は前の彼氏と別れるときに彼の経済観念・事情に不安が大きすぎるという理由で

別れたので、自分が「金の切れ目が縁の切れ目」タイプの人間であると

自覚していて、それは相手が誰であれ1億円の借金背負ってるんだよね、とか言われたら

たぶん別れるという自信がある。

 

でもこの牧師さんがいう愛ってさ「病めるときも健やかなるときも」だし

「富むときも貧しきときも」じゃない。

 

ちかえない!!!

 

だいぶ誓えない。

 

そんなことをいつも思ってるんですよね。

 

昨日もアラサー4人で飲みながら「結婚はしたいのか、我々は。」という話をしたんですが、諸人こぞりて

「親やじーちゃんばーちゃんに孫の顔は見せてやりたい。でも他の兄弟がそれをしている。そうすると自分にとって結婚する理由ってよくわかんない。」

 

という話になる。

 

もちろん、親の期待に応えたいという気持ちも結婚したい動機のひとつとして

アリだしそれは至極当然なんだけど、それだけだと結構理由として弱い。

他になんかないのか!?あの結婚の苦労を超えて手に入れたいもの。。。!

 

って考えたら、集まったメンツが全員独身転勤者だったから

ひとりもピンときてなかったw

 

かくいう私は結婚したい理由でポジティブなものってあんまりなくて

「親を喜ばせたい。独身アラフォーで憧れられるような人に出会ったことがない。」

という大変申し訳無いけど、独身アラフォーの諸先輩方で人間的に練れている・憧れるゥ!という人に出会ったことがなく、そういう人になりたくないという負の原動力で動いている気がする。

 

結婚している人が偉いとか人間的に素晴らしいと断言するつもりはないけど

(変な人もいっぱいいる。)

なんていうか結婚していない女性に対して、まじで可愛げがなさすぎて

一緒にいてつらいな、、という印象がある。

 

 

私だって今独身アラサーだから、そう思われてるのかもしれないけど。

 

年末5年ぶりにあった大学の友人(既婚者)と

「プライド高すぎると結婚できない」

「可愛げって大事だよね。知ってる話でも知らないふりしてあげるとかさ。」

そういうことだよね、、、

 

という話をしたのだが、本当にそれだなと思う。

 

見てくれのかわいさというのはキープできなかったり

人によって与えられ方がマチマチだったりするので

年取れば取るほど、大事なのは中身の可愛げ!!!!!!!!!!!!

 

可愛げというのは媚ではない。

 

周りの人をホッとさせる幸せ芳香剤みたいなもんである。と思う。

 

例えば、誰かがアイドルのおっかけをしているとする。

もうツアー全部見に行っちゃうくらい、おっかけてるとする。

んで、そのツアーの楽しかった話をしているとする。

 

それに対して可愛げのある女はこうである。

「よかったねぇ~!」

 

可愛げのない女は

「それいくら使ったの?」

 

だとか

 

「年考えなよ!」

 

とか言ってしまう。

 

つまり、否定から入る。

 

たぶん、可愛げのある女も思っているはずである。

「こいついい年こいて、大丈夫か?」と。

 

でも、それを口に出さない。

そんなこと言っても、相手が喜ばないと知っているからである。

求められてない発言をしないのが可愛げである。

 

一方、可愛げのない女は求められてもいないのに思ったことを

そのまま口に出してしまう。

そしてそれが真実であることが多かったりするものだから

本人は「ホントのことを言って何が悪いの?」とキョトンとしていることが多い。

 

ホントのことじゃん、だから言ってもいい、というのは未成熟である。

 

求められてたら言ってもいいと思う。

 

例えばアイドルおっかけ女が

「でも最近こんなことばっかりじゃなくて、婚活しなきゃかなって思うんだよね。」

 

と切り出してきたら

 

「そうだねぇ、ちょっとツアー減らして合コンの時間作ってもいいかもね。」

 

である。

 

(しかし、たいていこういうことを言う女はポーズで言ってるだけで実際はしなかったりする。人間は行動が全てなので、言葉でそれらしいことを言っていても

実際行動していないのであれば、言葉を信じすぎないほうが良い。

信じてアドバイスすればするほど徒労に終わってしまうことが多い。

そもそも人の悩みなんで、自分の悩みじゃないんだから大体が対岸の火事である。

親身に聞いてあげる悩みは、本人が動こうともがいているか実際動いているという場合に限ると思っている。)

 

閑話休題

 

さて、そんなわけで可愛げっていうのは「一緒にいたいな」と思わせる

ほのかな香りのことである。

 

それが顔がブスでも可愛げがある=一緒にいていい気持ち=可愛く思えてきちゃう

 

の法則だと思う。

 

ほら、漢字もさ

 

可愛い

って書くじゃない。

 

愛するに可!だから「可愛い」なんだよ。

 

愛せる(I can love it)が可愛いです。

 

可愛げは礼儀。

人を愛するのは覚悟。

 

可愛げがあって、今年ジャスト30になるんで

人を愛する覚悟を決める年にしたいと思います。

 

エロスから、めざせアガペー

 

みなさまにとって2017年が良い年でありますように。

 

ジタバタOL もとい バタ子より 愛をこめて。

理不尽の話をしよう。

えーそこでそんなに怒るんかいなー


ということが起きました。


もう怒りすぎてて、反論しても火に油だなーと思ってその場では何も言わなかったんだけど、


前に人から聞いた、


理不尽というのは常に自分目線の話である、


というのを思い出しました。


私からしたら若干理不尽だけど、

相手にとってみれば私が理不尽だったりするわけで。


そこの折り合いをつけて、仲良くやっていくというのがキモなのだなと思いました。


主張の仕方とか

相手の意見を聞く耳を持つとか

そういうの大事よねー。


勉強になります。

本当に仕事はいろんなことが起きて勉強になる。


うん、今日も良い学びのある良い1日です。

次はうまく今日の学びを活かします。

New friend is silver, old friend is gold.

めりーくりすます、世間!


お久しぶりです。

ジタバタOLです。


東京に帰って旧友との友情をあたためるクリスマスです。


やっぱり友達っていいなーと思いました。

気兼ねないしきもちいいし

いっぱい笑えるし。

共感しあえるし。


仕事の成果とか職能とかそゆことでジャッジもされない。


そのままのキャラクターでいられるってマジで楽だなー

それを心地よいと思い合えるって素晴らしい。


仕事との出会いは戦友にはなるけど、今の職場でプライベートでも遊ぶ人なんてめっちゃ少ないもんなぁ。


街も店も変わってしまうから

友達は大事にしようと思うのでした。


かけがえないね。

誰のためのべき論か。

こーするべきとか

あーするべきとか

こうあるべきとか

そういうの。


誰のためかね?

と思うと大抵じぶんのためなんだナァという話。


どうもバタ子です。


師走に走る坊主は怠け者、らしいけど私は年がら年中バタついてますよ。


はい。


世の中ってべき論があふれてますよねー

そいでさ、その「べき」が守られてないと腹立たしいわけです。

こなくそ!ってなる。

べきリスト。

まさに、べきリストです。



同じ価値観のべきリストと一緒だとよいんだけど、違うと辛くなる。


私が許せないこと、相手は許しちゃうし。

相手が許せないこと、自分は許せちゃうから共感できないし。


んでさ、自分にもこのべき論で我々は呪いをかけていると思う。


結婚できる女子は料理ができるべき。


いい会社に転職するには今の会社で成果をあげるべき。


間違ってはないけど、言い訳や理由にそれを持ってくると、もうややっこしい!!!


今の会社で成果をあげてないからきっと転職できないはず。


とかね。


もう仮想現実に溺れて現実見てないわけ。


そんなことやってみなきゃわかんないじゃーーーん!


っていうことを都合よく正義感みたいなレッテル貼って逃げてる。


全然話は変わるけど、私は徹子の部屋に出たい。


なんでって言われると理由はないんだが、出たい。


徹子の寿命を考えたら急がないといけない。

徹子か宇野千代みたいになりたい。


そのためにはこれをすべきあれをすべき、考えてる間がバカだなと今日思った。


何が正攻法かわかんないんだから、とりあえずガムシャラに動くに限る。

年とともに臆病になっていくのを感じる。

もうできないに違いないとか、

そんなに若くないとか。


そう言ってる奴は何をしても歳のせいだ。


売上低迷を不況のせいにする奴は

好況時の売上増加も景気のせいと言え、とは誰が言ったか。


外因に他責化せずに己で切った張ったの世渡りしたいね。

それぞれのふるさと。

バタ子さんにとっては、やっぱり東京がふるさとだからねぇ。

やっぱり東京にいるのが一番、落ち着くんだと思うんだよ。

 

そんなことを度々私に伝える人がいるのだけど、

 

最近ほんとそうかもしれないなと思っている。

 

先日、東海道線に乗って、神奈川ですら耐えられないな、と思った。

別に東京港区生まれでもなんでもないんだけど、車窓の風景が田舎過ぎて

耐えられないと思った。

 

今A県で生きていけてるのはあくまでここが仮初の地で

私の終の棲家ではないという気持ちが強いからだと思う。

 

昔々の大学生の時は、海外を股にかけて生活するセレブで自立している女性に憧れていたけど、A県に来て、とてもとても実家まで飛行機で12時間かかるような生活はできないと思った。

 

そんなに、強くない。

 

 

東京が好きっていうのもあると思う。

あんな極東のド田舎なんて!と思えるほどのコスモポリタンではないんだな。

 

四谷大塚の社会のテキストには各項目の表紙に小話みたいなのがのっていて

そこに、東京がふるさと、ビルに切り取られた狭い小さい空が私の空、みたいな話が載っていたけど、そうかもしれない。

 

道が狭くて、新しい店が2,3年で入れ替わってしまって

みんな歩くのがはやくて、Suicaにチャージできてないと舌打ちされる街。

 

それが好きなんだろうなと思った。

 

A県での生活は気に入ってるし、部屋も広いし、楽しいけど。

住めば都というのは実感したけど、やっぱり東京に帰りたいのかなぁ。。

 

かつてはイタリアで生きていきたいとか思ってたけど

ファッションの聖地・ミラノですら道がぼこぼこしていて

ハイヒールさえ穿けない街だと知ったから。

 

もう日本がいいし、東京がいい。

 

マイグレートマザーは東京から田舎者がいなくなればいいのに、とかつて言っていたけど、ほんとうにそうだね。

 

東京でおしゃれな靴をはいて、子どもなんか育てずに、しゃなりしゃなりと生きていきたい、そんな気がする。

アイロニカル女史は疲れる。五月蠅いババァは嫌われるお話。

こんばんは、寒いですね。

バタ子です。

 

ブログを書きながら、きらきらゆるふわな記事よりもアイロニカルな記事のほうが

舌鋒鋭くかけるということを思い出した、そんな冬の始まり。

 

木枯らしのような筆致で物事をバッタバッタとなぎ倒していくのは痛快ですが、

 

あたしゃ気づきました。

 

世の中の真理に。

 

あのね、そんな女、疲れる。

 

正論だから、とか

理不尽だから、とか

世の中の流行りに竿をさしたくて、とか

 

わかる。

 

私のこの前の30歳限定女子会批判もそんなもんだ。

 

 

だけどね、こういう女は一緒にいると超疲れる。

 

自分が言われてなくても、自分もいつかあんな風に言われるんだろうなと思うし

そんなに怒らなくてもよくない?ってことでも怒ってるから

もう一緒にいたらスゲー疲れる。

 

ということに気づきました。

 

おおらかでいたいよね。

 

怒ってるって思考停止なんだなと思いました。

そういう考えもあるよね~うふふ、っていう女子のほうが

 

ぜったい一緒にいて楽だもの。

このあたりで、私は私は!!とか言い出す女は絶対にモテない。

 

自分は世間と違うのよ風を吹かしてインスタ女子を批判するような女は

 

遠目で見てる分には笑いを提供してくれてありがとうだが

 

近寄りたくはない。

 

もういいじゃん、なんでもーとは言わなくてもいいけど

 

私とは違う考え方だな~ほよほよ。くらいの余裕がほしい。

 

厳格であることや他者と一線を画して大衆に流されないワタシブランドを確立されるとウザったいなというお話。

 

お前は違うの?

 

と言われるとじぶんでは片足突っ込んでるなと思っていて

(人に言わせたら両足突っ込んでるかもしれないけど)

 

自戒を込めて、嫌なきもちに周りをさせないようにするのも大事やなと思いました。

 

30歳限定女子会は理解できないけど。(ひつこい。)

 

表情豊かであるとか、柔軟にとらえられるとか、こりかたまってないとか

遊び心とかだいじよね。

 

雑誌が謳う愛され女子とかモテとかそういうのってつまり他者を意識した言葉で

そういうのに流されすぎると疲れるから、疲れたくない女子が反発して

よくわかんないコジラセになるんだと思うんだけど

こじらせた結果、厭世的に語るのがかっこいい、みたいになるともう

地獄のミサワですよ。

 

ブログ書いてると他の人のブログも見に行くようになって思ったけど

 

ほんと自己顕示欲の塊か構ってちゃんか愚痴りたいやつかアフィリエイト

 

なんていうか、あんまり健全なブログを見ない。気がする。

 

そもそも匿名で語りたいことを語るっていうのが不健康なのかなー

 

健全って何って言われたらうまく答えられないけれど。

 

匿名性が高ければ高いほど、やっぱり発言っていうのは荒むというか荒れるのでFacebookTwitterの投稿内容が全然違うのからもわかるけど

パンチ効いてておもしろいのはTwitterだけど

不愉快な気持ちになりやすいのもTwitterだなぁと思うわけです。

 

あれ、何の話だったかな。

 

あ、五月蠅いババァは嫌われるってお話ね。

 

口出すなら動けよ。

動かないなら黙ってろよ。

 

てめー関係ねーだろ、俺様風ふかしてんじゃねーよ。

 

そんなことを感じさせる女子が巷には多いんだなと。

 

そしてアイロニカルなことばっか言ってる人は

 

素直じゃなさそう

 

だもんで、周りも指摘しないから負のスパイラル。

 

こうして結婚できないということが負け犬認定になるのは

 

人間として魅力が少ない(少なくとも一章添い遂げたいと思った異性が一人も現れなかった)

 

ということなのかなと。

 

ああ夜中のテンションでよくわかんなくなってきちゃったけど

 

結婚も一つの試金石だよね。

結婚してなくても魅力的な人もいるけど。

 

こんなこと書いてる時点でやっぱり私は五月蠅いババァかな。

 

そういう五月蠅いババァもいるよね~ほよほよ♪

 

ごまかしきれないw

遠距離なのに、さみしくない。彼氏いい人だな、編。

元彼と付き合ってた時は


とにかく


とにかく


とにもかくにも


さみしかった。


一度も会いに来てくれなかったし

仕事の愚痴をお互いいうばっかりだし

大変自慢のオンパレードで疲弊してた。


今の彼と付き合い始めてからぜんぜんさみしくない。


毎日おはようの連絡がきて

毎晩電話して

毎月会ってる。



しあわせ。


しあわせだなぁ。。

穏やかにしあわせ。。


元彼のときは燃えるように好きだったけど、炭になって終わった。


じんわり湯たんぽみたいにあったかい恋愛で、周りから心配されたりもするけど、歳とるとこれくらいがちょうどいいな。。