ジタバタOLのすべて

人生は常にジタバタしている。我ながら文章の才能本当にある。モノカキの依頼はいつでもTwitterでウェルカムです。

しんどい、再び。

仕事がたくさんあると気持ちが持たない。

君はモテるだろうけど、君が好きになるような女の子は君のこと好きにならないだろうね、と思う。

そんな初冬を迎えています。

こんばんは、ジタバタOLです。

人生に正解はないのだけれども、幸せが遠いなぁ。

しみじみしちゃう。

婚活をまたも再開し(懲りない)

またも開始2週間で辞めようと思ってるんですけどね。

これだけの人が恋愛に飢えてるのに

うまくいかないんだと思うと、

なんだろ。。もう結婚っていう制度の終わりを感じますw

結婚がはっぴーはっぴーそしてラク!じゃないから

みんな足踏みしてるし、恋に落ちない感じ。

恋する前に査定が入ってる。

もうね、うしとらに出てくる鏢さんの気分。

こいつも違った。。!また違う。。!みたいな。

あとみんなどんぐりの背比べで優劣つかない。

目が肥えると結婚してから、しまった!!っていうのも回避してるのかもしれんけど、ひとりの不幸せと隣同士。

詰んだ。

クリスマスはわたしのもの。

一昔前は、クリスマスに彼氏がいないと鬱鬱とした気持ちになったんですけど

生理直後だからなのか、令和処女を極めそうだからなのか

「クリスマス、うきうきするー!!」とテンションが爆上げです。

 

あ、こんばんはジタバタOLです。

 

 

ウキウキしているのはね、やっぱり街の雰囲気とイルミネーションとかクリスマスの飾りつけが好きだからなんだと思う。

 

ハロウィンよりもバリエーションが豊かでかわいい。

天使もいればクルミ割り人形もいるし、楽しい。

 

実家のクリスマスの飾りつけセットを一人暮らしの我が家に持ってきたい。

 

わくわく。

 

クリスマスはキリスト教徒のものだけど、

日本では恋人たちのもの感があって

 

でも今年の私は、クリスマスはわたしのもの!!!!!!!!と思ってます。

 

 

しめしめ。

 

楽しみだなぁ。いっぱいクリスマスキャロル歌おっと。

バチェラー3について

大炎上のバチェラー3

だいたい皆さんおんなじような感想を述べていて

一言で言うと 胸糞 なわけです。

戦犯のように炎上している件の2人は横に置いて

Amazon制作側の誤算と苦慮について

想像して勝手に色々述べたいと思います。

大誤算は女性たちの婚活サバイバルたるバチェラーが

バチェラーの友永真也が恋に落ちたために

岩間恵物語になってしまったことですよね。

バチェラー2の若様じゃないけど

「私の物語のためにありがとう」状態。

バチェラーの参加者って審査に心理テストもあるので

友永真也が俺様でドライブしていくと踏んで走り出したんでしょうけど、俺様であると同時にヘタレだったので、途中から主客逆転が起きてしまった。

カメラを入れずに最終データの後、友永岩間の話し合いが朝まで持たれたそうですが、それって果たしてスタッフは同席したのかなーとか気になるところです。

スタッフも、ここまできてもうなるようになれの精神だったのではないかと。

恐らく、多少の演技指導はあるはずだと思うんですよ。

だって番組だもん。

嘘じゃない範囲の演技指導はあってもおかしくない。

でも、結局、中川強制送還あたりで

コイツにつける薬はない、、とスタッフも諦めたんじゃないかなと。

カッコよく見せる編集もできたかもしれないのに

家族に対して逆ギレする場面をしっかり入れるなど

スタッフの声にならない抵抗をヒシヒシ感じます。

もうこういう男だから、我々には何もできなかった、、というね。

かつ、最終ローズを誰に渡すかについては指示はなかったんだろうと思います。

単純に、友永真也が番組で公開処刑されたくないから

水田あゆみを選んだ、というだけな気がする。

あと岩間恵に振られてるから、単純に温もりが欲しかった。

これは非常に下種な想像だが、友永水田は1ヶ月しか付き合ってないとはいえ身体の関係もあっただろうと思うわけです。

そのあたりが友永真也の気持ち悪さをより濃くしているわけですが。

ま、そんなこんなで結局岩間恵とくっついたわけですが、Amazonの制作側だって今まで美談仕立てにしてたバチェラーを今回ばかりはそのように喧伝できなくなった。

本当は今度こそ結ばれた2人が結婚!

バチェラー4も5もうなぎ登り!としたかったはず。

ところが胸糞カップルが爆誕したために

今まではヒロインの悪い部分はほぼ見せなかったのに

今回はシリーズなどのエピソードをとっても

岩間恵はひたすら性格が悪いところがきりとられ

(まぁ実際悪いんだろうけど)

友永真也は馬鹿なのでほっといてもナチュラルにヒールな糞男発言を連発し、胸糞カップルとあいなったわけです。

Amazonの立場では、是として世間に出せないが

話題性と倫理観の間でノーコメントを貫くしかなく

MCの3人が仕事ができるばかりになんとかまとめて

あとは野となれ花となれ!ってとこかなぁ。

バチェラーとしては大失敗したが、企画としては大成功した感じである。

しかし、バチェラーという企画はもうこれで

ある程度終わった感があるなと思う。

真のバチェラーはバチェラーに参加しないし

シーズン1の久保りんのように女に困ってないビジネスバチェラーや

サイバーの思惑半分で出演した、シーズン2の林太郎のように

婚活以外の思惑がないバチェラーなどいないと思う。

婚活以外の思惑がある人はそもそも結婚願望はふわついてるので、普通に別れてしまうので

バチェラーは結局続かないという飽きと諦めが視聴者にでる。

友永真也のように奥さんを探しにきた場合、

そもそもバチェラーでないと結婚相手見つからないような男性は女性陣から魅力的と思われないと思う。 

バチェラー3に出てた女性は非常に賢い人が多かったので

(むしろ浅はかなのは岩間恵だけなのでは?というくらい。少なくともそう見える編集がされてる。)

誰も心の底から友永真也を好きではなかったと思う。

みんな、バチェラーというゲームに対する焦りは感じるけど

友永真也を私のものにしたい感は感じない。

あと、デートの素晴らしさに喜んでいるが

友永真也の内面に惹かれているように見えない。

そんなわけで、どういう方向に持ってってもバチェラーはうまいこといかない気がする。

本家アメリカでもカップルがその後成立しないのは有名な話だけど。

個人的にはもっと地味ーなバチェラーが見てみたいなぁと思う。

デートは全部都内。

グループデートは花見。

2on1は屋形船で、負けた方は浅草に置いてけぼり。

2ショットデートは代々木公園。

海には行かず高尾山デート。

サプライズローズは青梅で蛍を見ながら。

東急ハンズで防災グッズを買う。

最後のデートは職場と通勤を2人で考えて不動産屋巡り。

どうでしょう?

裏バチェラーと銘打ってぜひ。

Amazonさん、期待してます。

そしてこの度は本当にバチェラー3おつかれさまでした。

最後の最後まで本人たちの軽率な行動により

放映日までずらすことになり振り回されっぱなしでしたね。

本当にスタッフのみなさん、おつかれさまでした。

一視聴者より。

※ネタバレあり※ ジョーカー 感想・考察

ジョーカーを見てきたので、ネタバレありの感想を書いていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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傑作って巷で言われてますが、傑作でした。

もう一度見たいな、と思った。

 

元来非常に怖がりの私で、やっぱり殺人シーンは目をつむらざるを得なかったので

見たといえるのか微妙なところですが、それにしても非常に良い映画でした。

私は映画に詳しくないので、どの映画の何を引用しているかとかはわからないんですけど、印象に残ったシーンをいくつか。

 

 

①母親を殺した後の美しい後ろ姿

大事に世話をしていた母親に「裏切られていた」ことを知ったアーサーが

母親を殺してしまうんですけど、その時の描写がまず非常に良くて

殺してるアーサーの顔のアップなんですよね。

 

どんな感情をのせて殺しているのか。

衝動的な殺人ではなく、殺意を持った殺人。

 

ちゃんと枕を母親の顔に押し付けて、声が出ないように工夫をする

理知的な対応。

 

殺した後の後ろ姿がねー、とても綺麗なんですよ。

この映画のなかで最も綺麗な画だなと思いました。

 

水色の画面の中で、母を殺した後の後ろ姿のアーサー。

彼が殺したのは「憎むべき母」であると同時に

「自己投影した母」でもあり、ある意味この場面が

「よき息子アーサー」である自分との決別のシーンなんだなと思いました。

 

何だろう、母殺しによって自分を蘇生させたというか。

あれは殺人ではなくて、アーサーにとっての儀式めいたものを感じました。

 

多かれ少なかれ、私たちは大人になると

「万能感」にあふれていた親が

ただの人間であることに気づく日が来て

それでも親であるからこそ、愛情と義務感のもとに

子どもの時と違った関係性を続けていくけれど

親が「果たして自分の味方だったのだろうか」という疑義が生じたときに

今まで親に対してしてきたことを「誇り」に思っていた気持ちの裏にあった

「本当はしたくない」「本当は義務感で仕方なくやっている」みたいな

言ってはいけない本音」みたいなのがオセロみたいにひっくり返って出てきちゃうのかなと。

 

事実、母の裏切りを知る前のアーサーは妄想の中でコメディーショウに出て

「母の世話をしているんです。」と笑顔で話し

ロバート・デ・ニーロ扮する司会者から「素晴らしいね」と褒めたたえられる。

 

そういう息子であることが彼にとって「世間的にあらまほしく」

「自分にとってもヒーロー的な」一面であったことに違いない。

 

ところが、母は自分が信じていたような母ではなかった。

 

母ですら、自分のことを愛していなかった。

 

その絶望。義務感からの解放。

 

アーサーが他者に蔑ろにされてきた自分を見つめなおし

「Objective」(主観的)に生きるための禊。

 

悲惨な話なんだけど、ここに人間賛歌を感じました。

 

ソーシャルワーカーへの悪態

ソーシャルワーカーとのカウンセリングをうけているアーサー。

アーサーがカウンセリング中に「君は僕の話を一度も聞いてない」という。

 

この言葉に首肯するメンヘラはたくさんいるんじゃないかなぁと思いますw

 

ソーシャルワーカーのほうもメンヘラとばかりしゃべるから辛いんだけど

メンヘラ目線でみると実際「寄り添われてる」というよりは

「ベルトコンベアに乗ったメンヘラ」みたいな気持ちになることのほうが多い。

 

特に医者と話している場合。

 

自分の気持ちや障害や状況の受け皿がないから通っているのに

受け皿にはならない、社会保障制度。

 

薬ばかり増えて、終わりの見えないトンネル。

果たして犯罪を犯したのはジョーカーもといアーサーなのか?

 

良い土壌の上に蒔かれた種だったら、アーサーは

子どもたちを笑わせるクラウンとして生きて行けたはずだったのではないか?

 

誰が、彼をジョーカーに仕立て上げたのか。

猟奇的殺人や心理病理は、個人の問題なのだろうか。

こうしたイレギュラーを引き起こした張本人は資本主義なのではないか?

資本主義は勝ち組にだけ、勝てるようにできているのではないのか。

 

③貧困と自己肯定感

非正規社員の男性は婚活市場で無価値、という記事を目にすることがある。
(ちなみに女性の場合は、若くないと無価値、らしい。世知辛い。)

 

でも女性の貧困より男性の貧困のほうが、自己肯定感を抉りやすいなと思う。

 

女性は非正規であっても、若かったり可愛かったりすることで

「なんとかなる」ことが可能性としてありうる。

少なくとも、男性に困るかというところでいうと、困りづらいと思う。

(男性が女性を「女性」というだけで価値を置く人がいたりするから。

 私も「目をつぶってたらバタ子とヤレる」とか言われたことあるな。

 今考えると大変なセクハラだし、全員去勢しておけばよかった。)

 

男性の場合は、お金がないことは社会的な死を意味する。

お金がないと友達もいないし何より性的にまったく見向きもされないのである。

哀しいかな。

 

貧困と犯罪は非常に強い結びつきがあるけれど、

猟奇的殺人事件の犯人に男性が多い(ように思う。統計とってないけど)のは

男性のほうが「孤独」であり「パワー(腕力)」があり「攻撃性」が強いからなのではないかと思う。

 

孤独にしておくと、たいていの人間は狂う。

孤独はまさに蠱毒。身体に廻って死に至らしめる毒だと思う。

 

④ステップと階段

この映画はいたるところに、階段の描写がでてくる。

予告にも出ている、ジョーカーが軽快なステップをふむ階段もそうだが

本編の最初から長い長い上りの階段がでてくる。

 

猫背のアーサーがその階段を昇っていく。

昇りきったところで何があるというわけでもないのに。

 

人生の重みと苦しみを描写しているかのごとくである。

 

また、地下鉄での初めての殺人シーン。

殺人を犯したアーサーが地下鉄の階段を駆け上がる。

このときはまだ「アーサー」である感じがする。

 

突発的にジョーカーとして行動してしまった(殺害)自分に恐れ

走り出してしまった、一般人に見える。

 

が、走り切って公衆トイレ?に入ったあとのアーサーは

ゆっくりと踊りだす。

 

ここがね、もうとっても怖いw

 

ケタケタ笑ってたほうが「おおおおお。。。サイコパス」って感じするんだけど

ゆっくりね味わうように踊るんですよw

 

なんだあれw

 

怖い。

 

もう表情すらよくわからない。

ゆーっくり踊るの。怖いよー!!!

 

 

同僚に裏切られて職場の階段を下りて外に出るとき。

Dont Forget SmileのForgetを黒く塗りつぶすアーサー。

暗い階段をおりて、明るい外の世界に出ていく。

 

そして、母親のカルテを奪って逃げるとき。

ここも病院の非常階段?を駆け下りる。

 

 

なんだろ、こうして振り返ってみると階段を上ったり下りたりしてるときは

人間味がでているのである。

 

夕方の仕事終わりの「哀愁」

地下鉄で殺しをしてしまった後の「焦り」

同僚や職場への「イラつき」

盗んだカルテを持って逃げるときの「興奮」

 

アーサーの人間としての機微がその階段の使い方にでている。

 

よくジョーカーは「純粋悪」とか「何を考えてるかわからない」と言われるが

非常に生々しく人間として描かれていると思う。

 

だから、最後、ジョーカーになってからのステップ。

あの階段のステップも、アーサーとしての自分賛歌のステップなのだと思う。

 

軽妙洒脱。

すべてがジョーク。

悲劇は喜劇。

 

なら楽しんでやろうじゃないか。

決意表明のような軽やかなステップ。

 

自分を貶めてきたすべてのものへの反逆。

俺が法律だと言わんばかりの勝利のステップ。

 

でもあれはジョーカーの「狂気」ではなく

アーサーの「意志」なのだと思う。

 

こ、こえー!!!!!

 

⑤カメラワーク

アーサーのアップがやたらめったら多い映画である。

アーサーは、病気であるという設定もあるんだろうが、

喜怒哀楽をすべて笑い倒す。

 

そして、瞳がとっても真面目で話が通ずる人のソレなのである。

ダークナイトのジョーカーも何が怖いって

「何を考えてるかちっともわからないけど、まじめなことはよくわかる瞳」だと思う。

 

頭のネジふっとんじゃったからこうなんだよーん!じゃなくて

 

「大真面目に生きてますが何か?」という風情。

 

それをねーアップでよくよく切り取っている。

俳優ってすごいね。

 

あとカメラワークの角度ね。

正面からだったり真上からだったり

いろんな角度でジョーカーをとらえる。

それによって目に影がさして、表情が読み取れなかったりする。

だから余計怖い!!!!!!

 

表情がしっかり写ってても怖いし

写ってなくても怖い。

 

⑥オープニングとエンディング

喜劇調なんだよね。

「ねぇ、笑えよw」って言われてる感じ。

 

笑えよ、お前ら、こういう世界なのを知ってて見ないふりしてるだろ。

面白いだろ。

弱者をあざ笑うのって最高のエンターテイメントだもんな。

 

笑えよ。

 

素晴らしい終わり方だろ、これこそ大団円のThe Endだろ?

 

みたいな!!!!!

 

非常に和やかな挑発を受けて始まり、終わる。

 

いろんな人が書いてるけど、本当に他人事ではないエピソードがちりばめられていて

 

・富裕層による貧困層への無理解と政策

・暴徒化する民衆とヒーローになる悪者

・切られる社会保障

・介護の抑鬱とやるせなさ(愛だけでは解決できない)

・一人の人間の孤独

・無理解・無受容の果ての殺人

 

でも最終的にこれらひっくるめて「笑えよ、さぁ笑えよ!!」という

ジョーカーの笑顔。

 

日和見主義で生きている私たちに見たくないものを見せつける傑作。

そして、ジョーカーは私なのかもしれないと思わせる手法。

 

誰よりも人を笑わせたかったアーサーが手にした最後の勝利。

阿鼻叫喚こそ最高のコメディー。

 

もう一度見たいです。

 

バタ子でした。

たくさんの役に立たないガラクタが彩る私の人生

実益をともわないことにしか興味がなくて

株とかプログラミングとかお金に直結する知識欲豊かな人が羨ましかった。

でも台風の夜に、おなか痛くて心細い1人の夜に

my favorite things をくちずさんで

元気になった。

サウンドオブミュージックがこんなところで役に立つとは。

無益に見えることは侮れないなぁ。

生きる知恵!

サウンドトラック聞いたり

オーケストラバージョン聞いたり

どんなアレンジ入れてるのか注意して聞いてみたら

なんの楽器でこの音を出してるのかを考えたり

歌って肺に深く息を入れて吐いたり

私のなんでもない一日を救う、サウンドオブミュージック。

知っててよかった。

お気に入りの映画なわけでもなかったのだけれど。

こういうガラクタに思えた役にたたなさそうなものが

私を救っていくんだなぁ。

美しいね。

私は金に直結する技術知識には今後も興味なかろうが

好きを突き詰めて、人生を楽しむおまじないをたくさん集めたおばあちゃんになりたいな。

それだけで幸せな気がするよ。

西の魔女に弟子入り。

バタ子でした。

殺意

猛烈に落ち込んでいるので、今日は言葉を選ばず書きたいように書きます。

こんばんは、ジタバタOLです。

 

 

他人に優しくしすぎた、と思いました。

 

軽蔑していて大嫌いな人が大勢いるのに

その人たちのために便宜を図ったり笑ってやったりしすぎた。

 

本当は串刺しにしたいほど憎んでるんだから、

串刺しにはできなくても、もうかかわらないようにするのがよかった。

 

 

表面上うまくできちゃうもんだから、大丈夫なんだと思い込んでた。

 

全然大丈夫じゃなかった。

 

 

会えば会うほどに殺したくなるし

 

死ねばいいのにと思う。

 

たぶん自己投影ありきの憎しみだと自分で気づいているから

余計たちが悪い。

 

 

殺してやりたい。

早く殺してやりたい。

 

私が陰でどれくらいお前にストレスを与えられたと思っているんだ。

 

さっさと死んでしまえばいいのに。

 

殺してやりたい。

 

 

そんな風に思ってしまう自分をいじめるのはもうやめだ。

 

そのように思う私のほうを大切にしたい。

 

誰かを憎んだり嫌ったりするのは上品じゃないと思っていた。

そういうことを考えても自分がそんなだけだから

受け入れなくちゃいけないと思っていた。

 

 

もうそういう考え方はやめにする。

 

殺したいやつはいるし、

殺したいやつは脳内で串刺しだ。

 

 

あー殺してやりたい。

とっても腸だして地べた這いずりまわしてやりたい。

 

腸はピンヒールで踏んづけながら歩きたい。

 

 

そのように思っている自分でいいです、もう。

 

そんなことは考えちゃいけない!とかいい子ちゃんするのはやめる。

 

もう嫌いな奴には二度とかかわらない。

社交辞令ですら言いたくない。

 

徹底的に避ける。

そうする。

 

そして、自分が誰かにそうされたとしても恨まない。

友人にとっては会いたいと思える人物であろうと努力するが

軽蔑してる人には、いくらその人にお世話になったとしても

人間として嫌いだから、もう躊躇しない。

 

さよなら、私が殺意を覚える屑ども。

全員血祭りにならなくてよかったな。

律法社会に感謝しろ!!!

仕事というものへの信頼感

土日はハッピー、月曜は泣きたくなる。

こんばんは、ジタバタOLです。

 

仕事してて、嫌な気持ちになること100%なんですけど

唯一良かったなと思うのは

人間にもまれることだと思う。

 

嫌な奴とも仲良くやらなきゃいけないし

軽いセクハラにも耐えなきゃいけないし

差し込み業務はたくさんやってくるし

自分の物差しではアウトデラックスな人たちが

世の中にはうじゃうじゃいて、摩耗することで

ある意味研鑽もされている。

 

 

あと責任が伴うから、やらざるをえない。

 

独り暮らししていると、本当に自分に興味がないから

ほぼ日ネグレクトなんだけど

もしここに犬がいたら、ネグレクトできないと思うんだよね。

 

みたいな感じで、責任が伴うんだよね、仕事してると。

 

もちろん人命を預かっている人の親とかね、そういう人達に比べたら

仕事なんて代わりの効く程度の責任なんだけど

諦観が鍛えられるなと思う。

 

学生時代、社会に入らず院に行くことを勧められたこともあったし

実際そういうほうが向いてそうだとも思うけど

そっちに振り切ったら、我儘に拍車をかけて

傍若無人になっていたと思うんだよ。

 

社会に出て、老害ウォッチングして

ああはなるまい、と心を引き締めて

それでも他人から見たら同じ穴の狢かもしれないが

金持ち資産家の娘で左うちわで金魚眺めて生きていける姫じゃなくてよかった。

 

 

私という人間をちょっとでもマシにするために、

結婚しないならせめて仕事という砥石がないと

ナマクラになっちまうよ。

 

人に求められる自分でありたい。